もぴゃぽめる

遠距離恋愛な大学生カップルの雑記ブログ

わたしと機能不全家族と彼

今回ブログに書くのは、彼にもしっかりと話したことが無い話題で、私にとっても書いている時間は息が詰まる時間だったけれど、これを書かない限りは自分の気持ちをはっきり表現できそうもないと思ったから少しずつ文字に起こしていこうと思う。

 

わたしは自分の家族を普通だと思っていたし、今でもたまに「私が過剰に反応しているだけで世間一般ではこういう家庭が普通なのかも?」と思ったりもする。

 

ただ、今まで起こった出来事を友人に話すと皆必ずと言っていいほど「それっておかしいよ」と強く言ってくれる。これは私にとってものすごく信頼に値する言葉だし、不安になった時には力になってくれる言葉でもある。

 

わたしが「我が家は異常かも?」と疑問に思い始めたのは中学生になってからだ。きっかけは単純で、反抗期を迎えた頃に他の家庭の話を聞いて「あれ…?うちっておかしい?」と疑問に思い始めたのだ。しかし中学時代は疑問に思った程度で留まることになる。なぜなら周りに似たような環境の子がおらず、共感できなかったために自分の考えすぎだという結論に至ってしまうからだ。

 

高校に入学して似たような環境で育った子と仲良くなる。彼女と打ち解けるきっかけは親に対する愚痴を話したことである。あまりにも似ていた。似すぎていて、すごくすごく嬉しくて、はじめて我が家の、私の家族の異常な部分を認識することになったのだ。

 

さて、わたしの家族の異常な部分はどこかと聞かれると何から話していいものか…と戸惑う。1番分かりやすいのは親子喧嘩の内容かな?と思うのでそれを少しだけ書く。

 

わたしが幼い頃から母親と喧嘩するたびに言われた言葉がある。

 

「産まなきゃ良かった」

 

という言葉である。この言葉は正直言われ慣れた今でも思い返すと胸が張り裂けそうになる。わたしは気づいた頃にはこの世に生を受けていて、気づいた頃には母が傍にいた。言い方は悪いけれど、わたしは望んで生まれてきたわけではないし、死ねるもんなら死にたいなあと思いながらのんびり生きているタイプの人間である。しかし、それでも肉親から言われるこの言葉のダメージは相当で、何度この言葉のせいで手首を切って薬を飲んで高いところにのぼったか覚えていない。

 

しかし今までこの言葉を聞いたなかで、1番死を意識した瞬間は母親に包丁を向けられた瞬間だと言い切ることができる。「わたしは今ここでこの人に刺されて死ぬんだなあ」と思った。「最悪の死に方だなあ」と思った。「死ぬ時くらいもう少しハッピーで死にたいなあ」と思った。とにかく最期の瞬間だと思った。結局、止めに入った弟のお陰で、その場は丸く収まったが、これを異常と言わずして何を異常と言うねん…と思わずにはいられない。

 

母はよくわたしの叱られている時の態度が気に食わないと言う。どういう表情をすべきか分からないのである。「ごめんなさい」と言えば「反省する気が無いのに謝るな」と叱られるし、泣いたら「泣けば済むと思っているのか」と叱られるし、反論すれば「親に口答えするのは生意気だ」と叱られるし、正直たまに訳が分からなくて笑ってしまったりもするがもちろん叱られる。

 

どんな返しをしたって私は母が納得する態度は取れないし、母が間違ったことを言っていたとしても私に反論する権利は無いし、最終的に「親の言うことが聞けないのなら出ていけ」と言われてしまう。わたしはそこで割と素直に家出をするタイプの人間だが、それはそれで叱られるし、家に残って謝罪を続けたところで親の逆鱗に触れて収拾がつかなくなることも学習済みだ。この年齢になると、もはや叱られる前に上手いこと収めるように努めているが、たまに逆鱗に触れて家を出ずにいられなくなる。

 

親と子の考え方の違いで割と顕著に見られるものの1つが、しつけと虐待の差である。わたしは暴力を振るうことがしつけだとは思わないし、殴ったり蹴ったり、精神的に脅しをかけることが正しい教育法だとは思えない。

 

わたしもしつけという名目で暴力を受けていたために、余計にその辺はナイーブである。子どもは動物ではない。言葉でわかるように説明すれば、一応理解はできる(行動に移すかどうかは別として)

 

何日も痛むくらい殴ったり蹴ったりすること、刃物を向けること、実際傷をつけること、精神的に揺さぶりをかけること、わたしは絶対にしつけだとは思わない。痛みをもって子どもにものごとを教え込む必要は絶対にない。

 

毒親、機能不全家族という言葉を最近よく聞くようになった。

 

この言葉を聞いて、ネットで検索をかけて、SNSを見たときに、ストンと納得がいった。「ああ、わたしの家はこれだったのかあ…」と少しうれしくなった。

 

他の家では、「この子は○○だから仲良くしちゃだめ」「彼は○○だから付き合ってはいけない」という言葉を聞くことはあるかもしれない。だけどわたしの母は言葉では終わらない。実際、ネットに触れてSNSを使い始めた中学時代、スマートフォンを持ち始めた高校時代は0から100までわたしのことを監視していた。誰と何時にどんなやりとりをしていたのか、連絡相手はどんな人間でわたしとどんな関係か、わたしは今どこにいて何をしているのか。母は自分の持ちうるツールをすべて使ってわたしを監視していた。ときにはPCやスマートフォンのロックを解除させて中身を見てわたしの交友関係を整理することもあった。「この人の連絡先を消しなさい」「この人はもう二度と関わっちゃいけない」と言われて連絡先を消されたこともある。「男と連絡を取って…気持ち悪い」と言われて勝手に当時交際していた人にLINEで別れるよう促すメッセージを送っていたこともあった。そういうこともあって、わたしは彼とわたしの母親が連絡を取ることに酷く怯えているし、内心快くは思っていない。

 

今のiPhoneに機種変更するまでは、わたしのスマホのGPSで母はわたしの居場所を常に監視していた。帰り道から逸れて寄り道して買い物をしたり友人と遊んだりしていると「そんな場所で何してるの?」とメッセージが来たり鬼のように電話がかかってきたりした。そして、どこで母の知り合いが私を見ているのかわからなくて怯えていた。帰宅してすぐに母親から「あんた、あそこで○○ちゃんとアイス食べてたって聞いたよ」とか「あんた、あの辺の道路で○○くんと歩いてたんでしょ?」とか事細かに母に伝わっているのである。だから高校時代に彼とデートをするときはスマホは機内モードにしていたし、どこかで誰かが見ていたらどうしようと怖かった記憶もある。

 

大学に入学してからは、少し親からの束縛も減ったと思うが、それでもわたしは親が怖いし、家族と過ごす時間が苦しくて仕方ないと思うこともある。わたしは、家族が良くなることをあきらめているし、もはや何の期待もしてはいない。

 

ただ、今は彼がいて、彼に支えられて、泣いても怒っても受け止めてくれる彼がいて、話を聞いてくれる彼がいる。すごく幸せだなあと思っている。彼と付き合っていることを知ってから、母も束縛を緩めてくれたと思うし、母自身も彼に信頼を置いているのかな?とも思う。

 

わたしの家族を少しだけ変えてくれた彼のことをすごく誇りに感じている。

 

また少しずつ家族について書くこともあると思います。気持ちのいい内容では無いなあと我ながら思いますが、お付き合いいただきありがとうございました~!